「KUNILABO人文学学位論文出版助成2023」に、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。半年にわたる厳正な審査の結果、NPO法人国立人文研究所は、下記の論文を助成対象論文とすることに決定致しましたので、ご報告致します。
生き延びたものたちの哀しみを抱いて——「戦後」沖縄における脱軍事化に向けたフェミニスト・ポリティクス
佐喜真彩氏
対象論文「生き延びたものたちの哀しみを抱いて——「戦後」沖縄における脱軍事化に向けたフェミニスト・ポリティクス」
本論文は、戦後沖縄文学および社会運動のなかに可能性として潜在する他者との共生、そして他者の歓待の可能性を、戦後沖縄に関する政治的あるいは社会的状況の錯綜した文脈において考察しようとする大変意欲的な研究である。日本「復帰」が迫っていた1970年前後に新川明、川満信一、岡本恵徳を中心とする沖縄の思想家らは、国家を思想のレベルで拒否する反復帰論を提唱したが、本論文は、この反復帰論にジェンダーの視点から応答し、その射程を広げる試みである。 議論の理論的背景となっているのは、1980年代以降、特に活発になっていったポストコロニアル批評の成果を取り込んで進展を遂げたフェミニズムの言説である。とりわけ、最終章で提示されるガヤトリ・スピヴァク『ある学問の死——惑星思考の比較文学』に見られる批判的地域主義とフェミニズム批評との接合による読解が、本論全体を貫く柱である。ネイションや国家の枠に統制されることのない、あるいは回収されきることのない生存の領域、また情動的な繋がりに着目しながら、それを特に第三世界あるいは植民地構造下における女たちの生へと繋ぐ試みにおいて、本論文は、戦後沖縄文学研究を新たな視点から再考する地平を開いている。 沖縄の女性運動は、1995年に結成された「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の活動以降、可視的になったと言えるが、それ以前については、いまだその研究は断片的である。本論文は、この部分の流れを丁寧に辿って、アメリカ軍占領初期の女性社会運動を、戦前の日本軍から「戦後」占領アメリカ軍へと引き継がれる女の性の分断を乗り越える可能性において捉えている。生き延びることへの密かな連動が、沖縄や日本国内外そして生死の境や性的差異をも越えつつ、女たち、そして男たちの生の痕跡に示されていることを、アメリカ軍占領における女性の性管理政策への抵抗のなかに看取り、丹念に読み込んでいく展開はスリリングでさえある。 こうした大きな枠組みの中で、本論文は、目取真俊「群蝶の木」、崎山多美「月や、あらん」を読解しようと試みる。これらの分析においては、戦後沖縄のマスター・ナラティヴへの批判的介入がなされる。沖縄戦下の住民の加害性、あるいは死者を含めた女たちの記憶の継承といった鍵概念は、限定的な当事者を特権化して記憶と継承を占有してきたことへの批判的な読みの足場となっている。それはアジアへの問題意識をも開いていくことで、ナショナルな、あるいは軍事主義的な共同体とは異なる未来の共同性を示唆するものにもなっているという点では、軍事主義的な分断が進む現代世界を考えるためのひとつのヒントにもなり得ている。 本論文は、沖縄という場に幾重にも複層的にまといつく諸権力のありようと、それでもなおそこに回収しきれないかたちで記憶や人々の連繋を聞き取り、想像し、また想像しなおす営みの強靱さについて思いを馳せる端緒となるだろう。そのことによって、軍事や経済、さまざまな線にそって分断が進む現代の世界に、わたしたちが人文学の思索と理論を鍛えることが、わたしたちの生死を司ろうとする政治への批判的介入になりうること、また文学を含めた芸術的営為は、人文学とともにそうした介入の動きに参画し得ることを、今一度理解する足場にもなるだろう。この若い研究者の熱に満ちた論文が学術出版物として公刊されることによって、読者は沖縄文学の現在地を理解するのみならず、人文学、文学、そして生をめぐるさまざまな諸力の連関を手放さずに、分断の乗り越えへの思想を鍛え、共同性を想像/創造する可能性に希望が持てるのではないか——そのように思わされる論考である。 以上の理由により、佐喜真彩氏の「生き延びたものたちの哀しみを抱いて——「戦後」沖縄における脱軍事化に向けたフェミニスト・ポリティクス」を本出版助成の助成対象にふさわしい論文であると判断する。
2024年3月29日
秋山晋吾 石居人也 大河内泰樹 越智博美 河野真太郎 佐々木雄大 出口剛司 三崎和志 宮本真也
落合功 佐藤香織 新城郁夫 武内佳代 塚原東吾 渡名喜庸哲